黒田 長美 Kuroda Nagaharu
暗い青春時代を思わせる物騒な世相であるが、折角生き長らえた残り少ない余生を有意義と言うより元気に、楽しく、そしてすべての物事に感謝しつゝ、過ごして行きたい。 その為に感性を養い、崇高なもの、美しいものに触れ、感動し、絵画、料理等を創作し、今迄やったことのない事にチャレンジし、他者の体験に耳をすませ、あるがまゝの自分を素直に表現し、出来得れば人に喜びを提供し、優しく接して行きたいものと思う。
名前:黒田長美(くろだ ながはる)
画号:剛如(たけよし)
出身地:東京都
生年月日:昭和3年2月9日
職業:東京帝国ホテルB1アーケード内クラフトギャラリー経営、ニッセイ同和損害保険(株)代理店主
住所:〒248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-17-10
E-mail :ntkuroda@kamakuranet.ne.jp
「新聞社」2002年新春特別コラム 「宮中参賀のこと」
昭和26年 九州大学経済学部卒 同年 同和火災海上保険(株)(現ニッセイ同和損害保険(株))入社 海上保険損害査定担当 昭和34年 日本航空ホテル株式会社創立と同時に入社 昭和43年 営業部長・銀座日航ホテル総支配人歴任 昭和46年 義兄大木九兵衛個人所有の港区赤坂二丁目所在3,000坪敷地600台収容のオープンエアーパーキング(株)に常務取締役として就任 昭和47年 大木九兵衛所有の南芙文庫(元徳川頼貞公所有、英国カミングスコレクション(ベートーベン他楽聖の自筆楽譜及び初版本楽譜集、音楽学関係2万点のコレクション))を中核とした財団法人を読売新聞社と協同で設立、上記敷地内に大音楽ホールと隣接して、当時設立早々の日本航空開発株式会社のホテル日航東京メインホテル建造を計画。三者合意して同年末に契約成立。 昭和48年 〜52年 計画実行の為、シンクタンク会社を設立。各方面の識者による会合を重ねると同時に、ホテル経営及びテナントショップの実地シュミレーションとして帝国ホテルアーケード内にクラフトギャラリー「彌屋」を、又広尾明治屋フードプラザ内にパンケーキレストラン「ヤヤ」を開業。両店の支配人として就任。 昭和53年以降 上記のホール及びホテルの建設を待望していた所、契約設立の日から三年内に読売新聞社主、正力松太郎氏、日本航空株式会社社長、松尾靜磨氏の相次ぐ死去により本計画を断念せざるを得なくなり、同地には森ビル株式会社建造の赤坂ツインタワービルが建設され現在に至っている。 昭和58年 個人事業として有限会社黒田物産を設立、代表取締役就任。ニッセイ同和損保株式会社普通代理店としてノンマリンの損害保険契約業務を続行中。 又、上記パンケーキレストラン「ヤヤ」は13年営業の後、明治屋フードプラザ建替の為廃業(この間に調理師免許取得)せるも、帝国ホテル「彌屋」は現在も盛業中。週2回程度出勤