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旅のコラム

田中駅長の「旅の考現学」
文:田中 嘉文


連載第4回「古き昔のこぼれ話・その2」



海外旅行が自由化され、「外国旅行」の夢が現実として急速に膨らみ始めた時代のこぼれ話第2弾です。

その日も私は羽田空港の国際線チェックイン・カウンターでツアーのセンディングをいました。担当は、ヨーロッパの主要都市を巡る12日間の人気コースでした。

受付を開始して間もなく一組の老夫婦が見えました。お二人とも60歳代後半で、奥さん(おばあさん)は少し腰が曲がり始めていました。ご主人(おじいさん)は背広を着てキチンとネクタイをしめて、水筒と赤いツルのマークのショルダーバッグをすき掛けにした、当時の典型的な「外国旅行初体験者」のいでたちでした。

お二人ともかなり緊張した面持ちで、しっかりと手を握り合っています。そしてなんと、お互いを細い腰ひもでしっかりと結び合っています。決して離れ離れにならないぞ!という強い決意が表れていました。そんなお二人を周囲の人も微笑ましく見ていました。

ところがとんでもないハプニングが生じました。例によって、私はお二人に尋ねました。

「早速ですが、パスポートを見せていただけませんか?
「ふぁー?」(おじいさんの歯が少し抜けているようでした)
「いや、あの、旅券をお持ちですよね?」
「ふぁー??」
「えーと、あの、ホラ、菊のご紋章のある小さな本を旅行会社から受け取ってますね?」
「ふぁ、ふん、もろうたよ。」
「それです、それです。それを出してくれませんか?」
「持ってとらんがねー。」
「エエー、どうしたんですか?」
「何をいうとるかね、恐れ多くも天皇様のご紋のついた大切なものを持ち歩く訳には行かんぞ。ウチの神棚に奉ってあるワ」
「?!.....」

この結果、お二人がどうなったかはお分かりですね。例え総理大臣でも旅券を所持していなくては外国にはいけません。その事情を必死に説明すると、とうとうおばあさんはオイオイ泣き出してしまいました。

「なあ、おじいさんよ。だから今更この年になって、ヨソ様のお国に行くなんぞ大それた事はするもんじゃねーと言っただべ。息子が親孝行だから行ってこい、と無理に勧めるから仕方なく来たんだが、やっぱりバチがあたったんだろか。」

すぐに東北地方のご自宅に電話すると、旅券は確かに神棚にありました。息子さんがこれから夜行列車で持ってきてくれるとのこと。幸い、翌日出発するヨーロッパ行きのツアーがありましたので、それに同行してもらうことにしました。空港近くのホテルに向かうお二人の後姿はなんともお気の毒でしたが、握り合った手を片時も離さない微笑ましさがとても印象に残っています。

お世話した添乗員の帰国談では、旅の間、何処に行くにも添乗員のそばから絶対に離れなかったそうです。

いま想い起こしてみると、私たちシニア世代が始めて「外国旅行」に出かけた頃は、こんなお話は決して笑い事ではありませんでしたね。

さて、次回からは「航空券」についてお話してみようと思います。





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