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文:吉田公平
第三十回
「ウサギとカメ(2)」
もしもし亀よ亀さんよ。
世界のうちでお前ほど
歩みののろい者はない。
どうしてそんなにのろいのか。
なんとおっしゃる兎さん。
それならお前と駆け比べ。
向こうのお山の麓まで。
どちらが先に駆け着くか。
しかし、この寓話はもう少し我々に考えさせるものがある。
勝ち負けの意識が時勢の力によって仕掛けられること。
「何かに対して負けたくない」等というのは、決して本能的なものなどではなく、仕掛け人が自分たちの目標を達成するために、そのように思いこませることであるということを物語る。
その仕掛けは弱者に集注する。土砂降りのように浴びせられ、それが繰り返されると、みながそのように思いこみ、共通感覚となる。
理性にではなく感覚に訴える。映像を媒介すると一層強烈になる。
人はなぜ勝とうとするのか。或いは贔屓のチームが勝つように夢中に応援するのか。
そのこと自体の善し悪しが問題なのではなく、皆がそこに流れていく、或いは流されてしまうことが恐ろしい。
ウサギさんとカメさんの競争の場合でも、途中で競争の無意味さに先に気がついたのはウサギさんかも知れない。
どうせ勝つに決まっているゲームには熱が入らない。
カメさんに負けたからとしても、観客のいないゲームだから、そもそも実力が段違いのウサギさんには、何の痛痒も感じない。
強者の居直りが途中で棄権させたのか。不得意なゲームを提案して、引っ込みがつかなくなり、仕方なく努力したカメさん。
日本の置かれた状況を象徴するのかも知れない。
しかし、この話をウサギさんに焦点を合わせてみると、新しい世界が見えてくるかも知れない。
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