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文:吉田公平
第十八回
「家政」
「食色は性なり」とは『孟子』にある言葉である。
食欲と性欲は人間が生来のものとして持っている生命力の源泉だというほどの意味である。
「飲食男女の大欲」という表現が『礼記』にある。
種族保存のためなのか、祖先の御霊を祭るためなのか、将来世代を確保するためなのか、理想世界を未来に実現するためなのか。
否。
目的などはそもそもないのかも知れない。
ともあれ、生命を維持し、異性に魅せられる。この食と色が個人と社会を突き動かす素因であることは、巷の広告を一覧するだけでも、明白であろう。
人類の歴史は食と色をめぐる歴史だったのである。性欲の文化史が人間理解を重層的なものにしてきたが、食欲の文化史の方が生存そのものに関するだけに、より一層その時代を象徴する。
単に「料理教室」的レベルの問題ではない。この問題を総合的に解明する学問分野として、「家政学」があった。
誠に適切な命名であったのに、近年、大学の学部学科の名前から「家政学」が消えたのは残念でならない。
家政を市場に委ねる傾向に拍車がかかり、それが家政学を生活文化学に変身させたのであろうか。
家政を市場が肩代わりした分、家事労働から解放された。その恩恵は大きい。その分だけ家庭は豊かな時間を得られた。と同時に家庭の役割が拡散し、拡散してしまった現状に対応し切れていない。
家庭の問題が一家庭の個別的な問題ではないことを思い知らされる昨今である。
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