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文:吉田公平
第二回
「研究者としての選択」
それでは活用できる遺産が東洋哲学・東洋思想にはあるのか。わたしは無尽蔵にあると直感しています。わたしの専門は、中国の儒教思想、その中でも朱子学・陽明学を双璧とする新儒教です。
これと密接な関係がある日本の儒教思想についても研究しました。その過程で、西洋思想・西洋哲学についても、関心の赴くままに拾い読みしてきました。
専門ではないので不十分な理解しかできませんでしたが、中国哲学を理解するための頭の訓練にはなりました。そしてその折々に中国哲学も捨てたものではないぞ、むしろこのテーマならこちらのほうが豊かではないのか、と思わされることがしばしばありました。このことを考えてみようと言うのです。
学問的に厳密に西洋哲学と比較しながら検証することは、今のわたしには、荷が重すぎます。そこであくまでも現在に生きる一市民の立場に立って、東洋哲学の遺産を活用する試みをしてみたいと思います。文字通りの試みですから、錯誤を犯すでしょうが、「違うのでは」と思われたら、直言してください。
先哲の智慧として東洋哲学を活用化してみたい、もう一つの動機は、西洋哲学の遺産は、日本には親和性が薄いのではないかと思ったからです。
西洋哲学が日本人の知的資源として活用されてきた近代歴史を否定するつもりはありません。近代市民社会における個人と社会のあり方を考える上で、西洋哲学が果たした功績は誠に偉大でした。個々の事例については、追々言及していくことにしますが、西洋哲学によって初めて思索の対象として取り上げ、考察したテーマは少なくありません。しかし、西洋哲学が日本に入る前に、すでに日本の社会や文化を構成する体系が成熟していました。ですから、とりわけ生活者のレベルということになると、それ以前からの中国思想により培われた生活信条・生活感覚のほうが、むしろ違和感がなかったと思います。
西洋哲学を排斥するのではなく、それはそれとして今後も滋養源として活用しながらも、同時に東洋哲学も併せて活用することを積極的にすすめたいのです。
かつて津田左右吉という中国思想の研究者は、日本では中国思想は国民に浸透しなかったと力説しましたが、これは知識人の哲学の世界と生活者の日常感覚を区別しなかったために起こった誤解です。江戸時代には中国の哲学思想は滋養源として大きな役割を果たしましたし、今では生活感覚になって、そのように考えることが中国哲学に由来することを自覚させないほどに、浸透してしまっていることがあります。
ですから、その淵源を掘り起こして意識の上に浮上させ、それと親和性に富む中国の哲学思想の遺産を活用して、わたしたちが直面している課題について、考えてみたいのです。
初めから、大風呂敷を広げるのは、得策ではないのかもしれません。しかし、初めから本音をさらした方が、議論を進めやすいし、読者の皆さんもとりかかりやすいかなと思って、つい前置きがながくなってしまいました。あくまでも試みです。といっても手抜きはしません。しかし、本業(東洋大学の校務)がありますので、文字通りの試行錯誤になるでしょう。
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