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No.4
転送装置はなかなか出来上がらない。源太郎の能力では、不可能なのかもしれない。
それでも寝食を忘れて染次を江戸に戻してやろうと尽くす源太郎に、染次は本気で惚れてしまった。
最初は江戸に返しておくれと駄々をこねていた染次だったが、この頃は「このまま源太郎さんとくっついてもいいかしらん」 なんて考えるようになった。
源太郎もだんだん染次が可愛くなってきた。例えば、夜空の月を見上げて色っぽい都々逸などを歌っている染次の艶やかな姿を見ていると、多忙な現代では忘れかけてた日本人の心の奥底にある『情』に直接訴えかけてくるような感動と愛情を憶える。いつもは生意気でおきゃんな女だが、こんなふうにふと見せる女らしさに源太郎の心が動く。
しかし、はたせるかな染次には実体がないから手も握れない。抱き合うことなど夢のまた夢。プラトニックな淡い恋心が二人の間に通じ合う。
○
染次が『ゴースト』の次に好きなのはテレビ。念力でチャンネルをカチャカチャと変えて、笑ったり泣いたり怒ったりして楽しんでいる。
そのテレビのワイドショーに、巷で頻発する若者の失踪事件が盛んに取り上げられるようになった。
「酷いことをする奴がいるんだねぇ」と、染次はいちいち解説や感想を声高にわめく。
おとなしく見てろと叱られ、シュンとしてテレビの前でじっとしている染次の後ろ姿を見た源太郎は、胸をキュンと締め付けられた。
「いかん……幽霊に惚れちゃいかん……」
と源太郎は自分の気持ちを抑えた。すると「フフッ」と艶っぽく笑いながら染次が振り向いた。どうやら、源太郎の心を見抜いたようだ。
「源太郎さん、一人寝は寂しくないかい。やることやらないと、体にも悪いよ」
いきなり言われて、源太郎は赤面した。
何かを思い付いた染次が、源太郎を『ゴースト』に誘った。
○
源太郎を『ゴースト』に連れてきた染次は、念力でDJの明日美の体に乗り移った。
そして、いきなり源太郎に抱き付くと、強引にキスをする。
「や、止めろ、おいッ!」
びっくり仰天の源太郎に絡み付くとなおも激しく体を押し付ける染次。 だがそれは、傍目には明日美の突然のパフォーマンスに見えて、時ならぬ番外のフロアショーに踊っていた若者たちは大喜びで囃立てた。
「やめて!」と、その後ろからもう一人の女が飛び出してくる。
梨沙である。彼女は源太郎の姿を見てそれまで隠れていたのだが、調子に乗った染次(明日美)が源太郎をフロアに押し倒すのを見て、たまりかねて割って入ったのである。
「な、何すンのよッ!」
突き飛ばされた明日美も負けてはいない。―――たちまち、組んずほぐれつの大乱闘となった。
勿論、明日美をコントロールしている染次と梨沙の闘いであったが、周囲は美女二人が繰り広げるプロレスショーと、その周りをウロチョロしてズッコケたりする源太郎の三枚目ぶりに大喜びで、パニック状態となった―――
○
江藤達に事務所に連れて来られた梨沙は、壊された店の修理費が五百万円を上回ると聞かされて青くなった。なるほど、店内は大型台風の直撃を食ったような惨澹たる有様である。そこへ連れてこられた明日美が梨沙のほうを窺いながら何事か江藤に耳打ちする。染次が抜け出たあとの明日美には、さっきの突然の出来事が梨沙の超能力の仕業としか思えないのだった。さらに彼女が見聞きしたこれまでの梨沙の不思議な霊能力についてもつぶさに報告する。
聞いていた江藤の目が光る。そして、梨沙に向き直ってニヤリと笑った。
○
その頃―――アパートに連れ戻された染次は、源太郎に思いっきり怒鳴られてシュンとなっていた。
「源太郎さんの温もりを感じたかった……抱いてもらいたかったんだよ……一人寝が寂しいのは、あたしのほうさ」
染次は何時になく神妙にうなだれてポロッと涙をこぼした。
「ゴメンよ、あたしは死んでしまった女だものね……成仏できずに、永遠に彷徨っているしかないんだよね……」
その殊勝な染次の様子を見て、源太郎は思わず声を荒げた自分を反省した。かといって、どうすることもできない。……小さな肩をそっと抱いてやることすら出来ないのだ。
「そうだ!」と、染次が突然、顔を上げた。
その目が輝いて、いつもの陽気な染次に戻っている。
「いいこと思いついた。あたしが梨沙って娘に乗り移ってしまえば良いのさ」
「な、何だって!?」
「そうすりゃ源太郎さんは、梨沙とあたしの両方を抱くことが出来るじゃないか! 美味しさ2倍……ね、グッドアイデアだろ!」
「だ、駄目だ! 彼女にだけは手を出さないでくれ」
「おや、やっぱり惚れてるんだ」
「バカ、そんなんじゃない! 彼女はオレの一番大切な友達なんだ!」「気取るンじゃないよッ、本当はあの娘を抱きたいくせに」
「うるさいッ!」
「ああ、あ……こんな意気地無しと一緒にいるなんて、あたしもヤキがまわったもンだわ」
「だったらサッサと消えてくれ! この中に入って、江戸でもどこでも行ってしまえ!」
カッとなった源太郎は、出来たばかりの転送装置のダイヤルを廻し始めた。
その源太郎を染次はギッと見つめている。
「どうした、怖いのか? 江戸に帰りたいって、ワメキ散らしてたくせに……。意気地無しはどっちだ?」
惚れた源太郎にここまで言われては辰己芸者の意地が黙っていない。「はばかり様! 世の中、男なんて掃いて捨てるほど有り余ってンだから!」
そう言い捨てて、染次は窓の外の闇に消えた。
慌てて呼び止めようとする源太郎だが、今度は男の意地が邪魔をする。「フン! 勝手にしろッ!」
○
威勢の良い啖呵を切ったものの、行く当てのない染次はまたまた『ゴースト』に現れた。
現代にスリップしたお七とお菊のアジトでもある地下の酒蔵で、二人を相手にやけ酒気味の染次は、ついグチが出る。
「やっぱり男は生きている女がいいんだよ。肉体のないあたしなんかに興味はないのさ」
「そんな弱気でどうすンのさ。あんたらしくもない」と、お七。
「そうよ、男はテレ屋だから、わざと憎まれ口を叩くんだよ」とお菊が慰めた。
「いいのよもう、おんな男のことなんか忘れてパーッと飲もうよ!」
と、染次がグラスを煽ると
「賛成ッ!」とお七達も気勢を上げた。
その彼女達と壁一つ隔てた向こう側―――
そこには密かに隠し作られた『天の声』の教団本部があった。
「ナムハラサンソワカ」 地底深くから響いてくるような低く重い声。 祭壇の前で大勢の信者達が熱心に祈りを捧げているのだ。
教団の幹部達に唆されて入信した彼等は、金さえ出せばどんな願いも叶うと信じている浅はかな亡者達であった。
鈴の音が鳴り響き、彼等が一斉に平伏す。
祭壇の奥から巫女姿の明日美に導かれて、粛々と登場した神女姿の美女は、何と梨沙であった!
「このお方こそ我らが予言者、マリア・エリザベス大菩薩様である」
と、竜仁が信者達に厳かに言う。
そのマリア大菩薩こと梨沙は、例の明日美との大乱闘のあと『天の声』の組織に取り込まれていたのだ。
「君の霊能力を教団の力として役立ててほしい」と言う江藤の申し入れを梨沙は承知し、これがその初仕事だった。勿論、五百万の損害金はチャラにしてくれるという条件である。
しかし、それもさることながら、梨沙にはこの機に教団の内部に潜入して、予てからの『天の声』にまつわる疑惑を探ろうというレポーターとしての野心があったのだ。
「あなたの後ろに水子の魂が見え〜る」 竜仁が痩せぎすの女子大生を指差してと重々しく言う。身に覚えのある女子大生は半狂乱。
「安心せよ。マリア・エリザベス大菩薩様が救ってくださる」と、竜仁に促されて、梨沙は出鱈目な除霊をする。
「なんか嘘くさい」 梨沙は小首をかしげた。
○
深夜、梨沙は江藤達の目を盗み、祭壇の裏に隠されたコンピュータルームに忍び込み、膨大なデータを見付ける。そこには、すべての信者達に関する事細かな情報が収められてる。先程の女子大生の件も、ここに入っていた堕胎手術の情報を利用して脅したのだ。
梨沙は、源太郎がコンピュータを操っていた方法を思いだしながら、ネットワークにメッセージを書き付けた。
「このメッセージを見た人は大至急『今日もGOODDAY』に連絡して。ディスコ『ゴースト』にいます。SOS、リサ!」
<次回へ続く>
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