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シナリオ文庫「天使のウインク」


ストーリー No.3



 帰宅途中、源太郎は源内の鉄板を持ってソフトショップを訪ねた。
 事情を話しても、店主の平賀は信じない。いくら天才発明家の平賀源内でも江戸時代にCD−ROMを開発していたはずがない。ましてその中にお化けを閉じ込めておくなんてことができるはずがないと言い張る。 それならばと、源太郎がセットしてディスプレイに画像を出してみると、なるほど何も出てこない。
 その時、青白い閃光が走り、店中のモニターに染次の顔が写し出されたと思うと展示してあるゲームソフト(ストリートファイターなど)のキャラクターを次から次と叩き潰していく。
 驚く平賀。だが、どうしようもない。
 そしてついにはパソコンのプリンターから染次の姿がプリントアウトされたかと思うと、その紙の中から抜け出ていなくなってしまう。
 源太郎は慌てて、近くのモニターの前に取り付けてある偏光フィルターをはずし、顔の前に翳す。すると紙の中から抜け出た染次が源太郎たちを睨みつけている。
 ただオロオロするばかりの平賀を残し、染次が店の壁をスルリと透過して外へ出た。慌てて後を追う源太郎。見えない平賀は、何のことやらさっぱり分からない。



 盛り場を行く染次は、見るもの聞くものすべてが珍しい。どこへでも侵入し、源太郎を慌てさせる。例えばパチンコ屋ではパチスロの目を動かして一列全部の台を大当たりにしてしまい、店員をパニックに落とし込んだり、テレクラでは電話の相手のふりをして個室に入っている若者を辰己芸者の手練手管でたらしこんでしまう。
 それを見てハラハラ心配しどおしの源太郎が、鉄板の中に戻ってくれと頼むが、染次は素直に言うことをきくような女ではない。また次の店に潜り込み、イタズラをする。



 その頃、取材を終えた梨沙は、ディスコの『ゴースト』へ来ていた。 今、若者に大評判のこのディスコ。ワイドショーでも取り上げたことのある人気のディスコだ。
 だが、その裏には何かが隠されているらしく、時々このディスコを最後に行方不明になってしまう若者がいる。
 梨沙がリポーターを務めるワイドショーでも何度か取材を申し入れたが門前払い。取りつく島がない。
 タレントのゴシップ取材ばかり担当している梨沙は、スクープを掴んで実力のあるリポーターとして認めてもらいたいと考え、週に3日ほどこのディスコでバイトをして、内情を探っているのだ。だからバイトの事はワイドショーのスタッフには勿論、家族にも源太郎にも内緒。髪型を変え、眼鏡をかけて変装している。
 『ゴースト』は、店内中に薄い霧が立ち込め、名前の通りお化け屋敷のような雰囲気で、スタッフもお化けのコスチュームを着ている。立体映像で幽霊を出したり、手の込んだ演出で人気がある。だが、このディスコに若者が集まる一番の理由はDJの中原明日美(20)だ。霊媒体質の彼女が歌うラップは、今の生活に満足していない若者の心に直接訴えかける。やって来る客は流行の最先端を突っ走る若者たち、ファッションも音楽も、ギンギンに決まっている。その客たちが我を忘れて踊り狂うと、一人また一人とトリップ状態になる。
 客たちは神が降りてきたと大喝采。
 だが、それには仕掛けがあった。
 メンバー制を取り入れているここでは、予めメンバー会員の個人情報をオーナーの江藤武司(40)が、ハッキングして集めておいて、これはと当たりを付けたメンバー会員(自堕落に遊び歩いていて、失踪しても周囲からあまり注意を集めない若者たち)が来店するとフロントの黒服が何気なく、手に隠し持った判子でメンバーの手や肩に印を付ける。この印は競馬場や競輪場の指定席に入るときに手に押すスタンプと同じものでレーザー光線が当たるとはっきり見えるが普通の照明や自然光の中では見えないもの。
 この印を付けたメンバーが店内のカウンターでお酒を注文するとカウンターの中の店員は、ドラッグの入った特別製の酒を出す。
 そうとは知らない客はDJの明日美のラップに合わせて踊るうちにトリップしてしまうという訳だ。
 この仕掛けは、店員の中でも限られたものだけしか知らず、アルバイトの梨沙は勿論知らされていない。
 トリップした客は、介抱されるが儘にディスコの地下へ連れて行かれる。そこは秘密の実験室になっていてオーナーの江藤が話す言葉を夢見心地の中で聞かされる。
「君達は選ばれた人間だ。君達の中には人間が原始の時に失ってしまった超能力が潜在している。これから君達は、その超能力をより発達させるために我々の実験に協力してほしい。君達は選ばれた人間なのだ。」 トリップ状態で聞かされる賛辞のシャワーは若者たちの心をがっちりと捕らえた。彼等は江藤の言うままに薬を飲んだ。その薬は江藤の会社「越後屋薬品」が解体した旧ソ連の超能力開発センターの所長・イワノフスキー(58)を招き、開発している薬・ニュートロンだった。この薬が完成すれば、手を使わず物を動かす物質移動などの超能力が身につくと言うもの。
 優れた種だけを残し、劣った種は排斥しようとするヒットラーのような妄想に取り付かれた江藤が、超能力を発揮できるニューエイジたちを次の世界の支配者と考えたのだ。
 だがその薬の開発は遅れを取っていた。
 それは薬の開発で最もネックになる臨床実験のせいだった。臨床実験は大抵の場合、大学病院などの大きな病院に依頼して薬を試してもらうのだが、薬を飲むのは患者であるため、どんどん実験を進めるというわけにはいかない。少しずつ様子を見ながら薬を投与していくのだ。まして今度の薬は健康な人間を対象にしているため、臨床実験は遅々として進まなかった。
業を煮やした社長の江藤は、臨床実験用のモルモットを集める手段として、ディスコ『ゴースト』を作り、若者たちを騙し、薬を飲ませていたのだ。
 若者たちを生体実験に使うことを反対するイワノフスキーに江藤は、社長室に飾られている染次の絵を指差して江藤は言った。
「越後屋薬品の創始者・越後屋保兵衛の長男、保次郎が作った安珍丹が爆発的に売れたおかげで今のわが社がある。またそれも、安珍丹開発に身を呈して協力してくれた彼女の献身があったればこそである。新薬を開発するというのは並大抵な事ではないのだ」
 そのやり取りを静かに聞いている影があった。誰あろう染次をCD−ROMの中に閉じ込めたあの平賀源内その人だった。
 源内は死んだ後もずっと研究を進めるため、ここの研究室に住み着いていた。おかげで源内の知識は現代科学のレベルと同じ、いや、それ以上の科学者に成長していた。しかし、その知識を発揮する場所がなく腐っていた。



 ちょうどその頃、ディスコの店内では偏光フィルターを抱えた源太郎がオロオロしていた。染次を追いかけて入ってきたのはいいが、なんとディスコの中はお化けだらけ。染次がどこなのか、さっぱり分からない。 染次は喜んでいた。ちょっと偽物くさいけど、お仲間がたくさんいる。「江戸から変なところに引っ張り出されたけど、楽しくやってけそうだわね」と、はしゃいでいた。
 しかし、お化けの中にはディスコのスタッフがコスチュームを着て扮装しているものだけではなく、本物もいた。
 普段は見えないが店内のレーザー光線に照らされた時だけ姿を現わす本物のお化け。その中の何人かが、片隅に集まって染次を観察するように見ていた。なんとすっかり現代の風俗に染まったコスプレ姿の八百屋お七とお菊もいるではないか!
「ちょっと、あの芸者のお化け、染次さんじゃない!?」 お菊が染次を指差す。チーマーのお化けとノリノリで踊っているお七はそれどころじゃない。
「染次って誰さ?」「ほらッ、200年ぐらい前だっけ、谷中の墓地でそっちが空にふっとばしちゃった…」
「200年前?!」 チーマーお化けが口を挾む。「そんな前からお化けやってんの? んじゃ、ウチのバァちゃんより年寄りじゃん」
 お七は、せっかくのいいムードを壊されまいと「お化け歴はちょっぴり長いけどハートはいまもイケイケよ」 チーマーお化けにしなだれかかり、お菊をコツンと小突く。
 源太郎は、珍しそうにディスコの中を飛び回る染次をやっとの思いでつかまえた。そんな二人を、ホステスに扮した梨沙がじっと見つめていた。
「源太郎さんたら、やっぱり芸者さんと付き合ってるんだわ……」



 明け方になって、ようやく源太郎がマンションに帰ってきた。
「勝手に鉄板から出ちゃ困るよ」 偏光フィルター越しに染次を叱る源太郎。
 染次はしょんぼりと、部屋の片隅に腰を下ろした。
「源太郎さんを困らせようと思ったわけじゃないんだよ……何がどうなったのか分からないもんだから、頭に血がのぼっちまってね」
 堪忍しておくれと、素直に頭を下げられて、源太郎の怒りも収まった。 染次は身の上を話した。しみじみと語る染次が哀れで、源太郎はついホロッとなる。
「源太郎さんて、やさしいお人なんだね」と染次が見つめてくる。
「目許が越後屋の若旦那にそっくり」と言いながらにじり寄る染次。
 折からの雨に雷が鳴る。
「キャッ」 平賀源内の実験室で鉄板の中に閉じ込められた一件以来、すっかり雷が苦手になった染次は源太郎にしがみついた。
 が、悲しいかな染次は幽霊。源太郎の膝にすがりついても、スーッと通り抜けてしまうだけ。ますます悲しい染次はシクシクと泣き出した。 不器用な源太郎は気の利いた言葉をかけてやることもできず、実体のない染次の背中の辺りを、そっと撫でる真似しか出来ない。
 そんな源太郎を、お勤めを終えて帰ってきた桃子ママが、マンションの窓から目をテンにして見ていた。



 源太郎と染次の奇妙な同棲が始まった。
 偏光フィルターをサングラス状に改造して、いつでも染次の姿は見ていることができるようになったが、実体がない不便さは変わらない。
 それでも人の良い源太郎は、江戸に帰りたがる染次のため、あれこれと転送装置を作ってみる。しかし、残念ながら失敗の繰り返し。ディスクに取り込むためのスキャナーをショート、爆発させたりするだけ。
 作業に没頭する源太郎のために、染次は料理を作ったり洗濯したり掃除したりと、かいがいしく世話を焼く。
 マンションの桃子ママは、姿は見えないのに女の声がするので、頭の上に?マークが出っぱなし。
 染次は好奇心旺盛で、源太郎が目を離すとすぐに社会見学に出かけてしまう。
 お気に入りは、なんと言っても『ゴースト』。レーザー光線を浴びて姿を現わしても誰も見咎めはしないし、なんと言ってもお祭り騒ぎが楽しい。
 そんな染次に、本物のお化けの一団が近付いた。たとえ江戸時代のお化けでも、お化けはお化け。現代のお化けたちと染次は、すぐに打ち解けてお仲間になった。
 しかもそこでは懐かしい人たちに再会することもできた。
 お菊とお七である。
 おとなしい性格のお菊は昔のままの格好ですぐ分かったが、お七はだいぶ様子が変わっていた。超ミニスカートにひらひらレースがついた肌丸出しのコスチューム。お立ち台で踊っているイケイケ・ダンスクィーンの服装と同じ格好だ。
「やっぱり染次さんだ」とお菊。
「アンタ久し振りじゃん。ゲンキしてた?」とお七。
 まるっきり現代の風俗に染まっているお七は『ゴースト』の中でも人気者。他のお化けたちが次々と声をかけてくる。
 新しい物好きではお七に引けを取らない染次は現代の食べる物、見る物、聞く物のすべてをどんどん吸収、霊力で服装や髪形を現代ふうにアレンジする。挨拶の仕方も現代の若者ふうを習得した。
 名前の通り、染次は現代風俗に次々に染まって行くのだった。
 そんなお化け集団の姿を、レーザー光線が当たらなくても識別できるのは梨沙だけだ。
 しかし、梨沙は彼たちを本物のお化けだとは思っていない。
「源太郎さんが、あんな芸者と付き合ってるなんて……」
 と梨沙はプリプリと怒りが再燃してくる。
 染次も梨沙を見つけた。始めて現代に引っ張り出された夜、源太郎の部屋で真っ赤なイチゴを洗っていた女だ。ひょっとしたら、恋しい源太郎のいい人。
 染次はムラムラッと対抗意識を燃やし、いたずら心を起こした。
 梨沙が染次たちのいるテーブルの側を通りかかると、染次は霊力でスッと椅子を引き出した。グラスを運んでいた梨沙は危うく転びかけた。「何するのッ。危ないじゃない」
 染次はハッと気がついた。この女は、あたしの姿が見える……。
「おんた、どうしてあたしが見えるんだい。もしかして、お仲間のお化けじゃないのかい」
 お化けが見えることに気付いていない梨沙に、染次は自分が本物のお化けであること。店内には他にもお仲間がいることを説いて聞かせた。 からかわれていると思った梨沙は怒った。
「馬鹿なこと言って私をからかう気?」
 お七も染次の加勢をして説明するが、
「あんたは関係ないでしょ。黙ってて!」
 梨沙にピシャリとやられる。
 ポンポン言い合っているうちに、気の短い染次がポップコーンを投げ付ける。
 そんな二人をDJの明日美が見ていた。染次の姿が見えない明日美の目には、梨沙が超能力でポップコーンを投げ飛ばしているように見えた。 明日美は江藤のところにすっ飛んで行き、興奮して言った。
「社長! あの梨沙って子、本物の超能力者です!」



<次回へ続く>


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