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No.
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辰巳芸者の染次は恋しい薬問屋「越後屋」の若旦那・保次郎と思い焦がれた末に薬を飲んで心中を遂げた。しかし、それは保次郎の策略であった。開発段階の痛み止め薬『安珍丹』の臨床実験に困難を窮していた保次郎が、処方の分量を知るために染次を騙し、生体実験をしたのだった。
哀れ染次はそうとは知らず、致死量よりも多く飲まされてしまったために死んでしまったのだ。
だが、おかげでその薬は完成。江戸のみならず日本国中で大変な売れ行き。
薬問屋「越後屋」は江戸でも有数の大店になった。
数か月後のある日、「越後屋」は若旦那保次郎の祝言で大変な賑わいであった。
宴も終わり、祝い客も帰って保次郎が新妻と二人きりになれたのは、夜もすっかり更けた頃。
そして、草木も眠る丑三つ時。
越後屋の上空に正体不明の発光物体がふいに出現し、音もなく下降して屋敷の中に侵入した。
若旦那の部屋では、初夜の疲れで若夫婦が眠りについていた。が、何やら薄ら寒い気配に、保次郎がゾクッと身を震わせた。
目を開けた保次郎、ヒッと悲鳴を上げて半身を起こす。
枕許に青白い顔の女が立ち、保次郎をじっと見下ろしている。
「恨めしや……親の反対押し切れず、この世で離れて暮らすなら、いっそあの世で夫婦になろうと心中までした若旦那……そのお前さんが一人助かって嫁を迎えるとは……ああ口惜しや恨めしや」
半年前、保次郎と手に手に取って身を投げた芸者の染次が、成仏できずに化けて出たのだ。
恐れおののいて逃げ惑う保次郎と新妻を、染次は凄まじい形相で追い回した。
しかし、許しを請うて泣き叫ぶ保次郎の憐れな姿を見ているうちに、染次の怨念も次第に冷めていく。
呪い殺してやろうと化けて出てきたものの、一度は夫婦になろうと契りを結んだ仲。そんな男を、染次に殺せはしない。
どんな時でもただ愛するだけ、絶対に憎む事は出来ない………染次はそういう女だったのである。
○
行き場のなくなった染次は成仏できないお化けたちがゴロゴロしている谷中の墓場にやってきた。
あれほど燃やし続けてきた憎しみの炎が、あっさりと消えてしまったことが、染次にはやり切れなかった。
保次郎を恨む気持ちに変わりはないが、あんな男への未練を断ち切れぬ自分も恨めしい。
染次が情け無い思いを一人ごちながら墓場を彷徨っていると、一人の女の幽霊が声をかけてきた。
「男の真心を信じてあげるのが女の勤め。現世では一緒になれなくても、お互い信じあってさえいれば来世ではきっと結ばれるはず。それをちょっとでも疑うと恋は壊れてしまい成仏もできなくなっちゃう。そういう私も一途な男の心を疑って、わざと大事な皿を割ったばかりにこんな姿になって彷徨っているんだけどね」
番町皿屋敷のお菊である。
そこに、お化け仲間の間でトラブルメーカーと仇名される八百屋お七が近付いてきた。
「違う違う。恋は女の戦い。男のためなら、江戸の町を焼き尽くす。それぐらいの執念がなければだめさねぇ。……姐さんにはそれほどの覚悟がなかったから、いいように遊ばれたんだよ」
心中までして保次郎との恋を貫いた染次には、お七のこの言葉は聞き捨てならない。宥めるお菊を巻き込んで染次とお七の大喧嘩が始まった。 実体のないお化け同志の喧嘩は凄まじい。
霊力のぶつかり合いだ。
気の強い者同士、どちらも譲らぬ力比べが続いたが、若干お化け歴の長いお七に分があった。
染次はお七の霊力に吹き飛ばされて舞い上がると、傍らの柳の枝に引っかかってしまった。その時、ピカッと夜空を裂いて稲光が光る。
と、突然思いがけない異変が起こった。
柳の枝に縺れてもがいている染次の姿が、奇妙に揺れ始めたのである。いや、揺れると言うより、オンボロテレビのブラウン管の画像のように細長く伸びたり縮んだり、かと思うと平べったく歪んだり………何の事か分からずオロオロする彼女の顔には走査線のような光りが火花を散らし始めた。
そして、染次はまるで見えない糸に手繰り寄せられるように、すぐ近くに建っている一軒の堀っ立小屋の中に吸い込まれていった。
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その奇妙な小屋の中では、江戸の大発明家平賀源内が、弟子と一緒にエレキテルの実験中だった。――― そして染次の幽霊は、エレキテルによって発生する磁場に引き寄せられて来たのであった。
そうとは知らない源内と弟子は、突然現われた美人芸者にうっとり………が、彼女が幽霊と分かってびっくり仰天、部屋中を逃げ回る。
実験器具が押し倒され、実験用の電気なまずが桶から跳ねだし、バチバチッとスパークしながらまた新しい磁場が発生し、それに触れた染次の幽霊はまさに感電したかのように痙攣したかと思うと、姿がスーッと消えてしまった。
電気なまずを使い電気街灯の開発中だった源内の研究も、思わぬ幽霊騒ぎで失敗に終わった。
ちなみに、エヂソンが電燈を発明する一世紀ほど前の出来事である。
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さて、時は現代、テレビ局。
ニュース番組やドラマ、ワイドショーに歌謡番組。いろんな人間が出入りする華やかな世界だが、その地下には番組のタイトル等に使用するコンピュータグラフィックスを制作している部署がある。ここで働くものは青白い蛍光灯の下で、日がな一日、コンピュータの画面とにらめっこ。性格的にはオタク族の若者たちで、なかにはパラノイアふうの者もいる。
平野源太郎(27)もその一人。慣れた手付きでコンピュータのキーボードを叩いている。
源太郎は、出世競争からストンと落っこちた男。その学歴もコネもない彼がどうして就職競争の激しいテレビ局に入社出来たかと言うと、コンピュータのプログラミングに抜群の才能があるからだ。しかし、『天は二物を与えず』の諺どおりコンピュータ以外のこととなるとまるでダメ。提出する書類に誤字脱字が多いのは言うに及ばず、一般常識からも外れている源太郎は上司から呆れられている。
もっとも、源太郎には出世欲がないから、別にいじけてはいない。人付き合いの苦手な源太郎は、地下の日の当たらない部屋に篭って一日中キーボードを叩いていれば幸せなのである。
午後5時を回った。他の社員たちは、そそくさと席を立ち、挨拶もそこそこに帰っていく。
源太郎だけが、ポツンと残った。これからが源太郎の時間だ。
大型コンピュータに何か入力した源太郎、特殊眼鏡を装着して一方を見れば、あら不思議、バーチャルリアリティの世界が出現。実際にはありもしない物が本当にそこにあるように見える。
さすが天才プログラマー。ちょっとした遊びも超ハイテクである。
そこへ、ワイドショー『今日もGOODDAY』のリポーターとして活躍している新人美人アナウンサーの島村梨沙(22)が入ってきた。
「またやってる。ねぇ先輩。たまには一緒に食事しませんか」
超エリート男性やハンサムなタレントがゴロゴロしているテレビ局なのに、なぜか梨沙は源太郎が好き。梨沙自身も有名大学を出た由緒ある家柄のお嬢様だというのに…。
そんなテレビ局のアイドルに好かれて、源太郎はもちろん悪い気はしないのだが、なんせ自分とは不釣り合い。できるだけお誘いは遠慮している。だが、いつも騒がしい事件やゴシップを追い掛けているリポーターの梨沙にとって、世離れしたのんびり屋の源太郎のそばは、落ち着いた暖かい気分に浸れる場所。そんなところが梨沙は気にいっているのである。
「ちょっと、やり残した仕事があるから……また、今度ね」
と、せっかくの誘いを断る源太郎。
「何言ってるんですか。遊んでたくせに…」
源太郎は梨沙に無理やり連れ出されてしまう。
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久し振りのデート。普通のカップルなら甘いムードを期待するところだが、この二人は違う。
もっぱら梨沙が仕事上の愚痴を源太郎に捲し立てるだけ。
源太郎は嫌そうな顔を少しもせず、聞き役に徹している。
と、梨沙の携帯電話が鳴った。ワイドショーのディレクターからで某タレントの不倫現場に急行してほしいとのこと。
「分かりました。……またゴシップネタ。ほんと嫌になっちゃう」
正義感の強い梨沙は芸能ネタだけでなく、社会性のある事件を担当したいと思っているのだ。
それでも仕事となれば行かないわけにはいかない。
「ゴメンネ。後でアパートに行くから」
源太郎を残し、梨沙は忙しそうにレストランを後にした。
普通の男ならカッカするところだが、おっとりした性格の源太郎は「いつものことさ」と平然。梨沙が残していった料理までペロリと平らげた。
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